夕張岳の植物相
夕張岳の植物相
堀江 健二(旭川市北邦野草園)
1.はじめに
氷河期からの永い時間を生き延びてきた夕張岳の高山植物は、美しい、きれいというだけではなく、植物の進化や地史との関係を研究する上で貴重な種類が多く、世界的な植物の名山として広く知られています。
夕張岳からは、シダ植物五八種、種子植物五七五種、計六三三種の植物が記録されていますが、ここでは夕張岳の植物相(フロラ)の概要を垂直分布的に見ていきましょう。
2.針広混交林帯
夕張岳ヒュッテのある標高約600mから900mまでの範囲は、トドマツ、エゾマツ、アカエゾマツの針葉樹とミズナラ、シナノキ、ハルニレなどの広葉樹が混生する針広混交林となっています。登山道沿いに見ますと、低木類ではオガラバナ、ミネカエデ、ムラサキヤシオツツジ、コヨウラクツツジなどが生育しています。草本類にはサンカヨウ、ミヤマスミレ、ゴゼンタチバナ、コミヤマカタバミ、ツバメオモト、ショウジョウバカマなど、沢沿いにはフキユキノシタ、オオバミゾホオズキなど、シダ類ではオシダ、サカゲイノデ、エゾメシダなどが見られます。林床(りんしよう、森林の下層)の大半は、下部ではクマイザサ、上部ではチシマザサに被われています。
3.亜高山帯(ダケカンバ帯)
標高約900mから1300mにかけては、針葉樹ではアカエゾマツ、広葉樹ではダケカンバが主体となり、上部では見事なダケカンバ純林を形成している所があります。低木類ではムラサキツリバナ、ウコンウツギなど、草本類ではシラネアオイ、ハクセンナズナ、カラフトイチヤクソウ、カノコソウ、シュロソウ、キソチドリなど、シダ類ではスギカズラ、マンネンスギ、オオバショリマ、ヤマソテツ、シラネワラビなどが見られます。
1300mの望岳台付近になると、ダケカンバは低木化し、ミヤマハンノキやウラジロナナカマドと肩を並べるようになります。高木類が姿を消す森林限界は、ほぼこの地点です。
4.高山帯(ハイマツ帯)
標高約2200mから頂上までのハイマツが広がる高山帯は、多様な環境を生みだし、夕張丘山の特徴ある多くの高山植物が生育する核心部です。夕張岳の高山植物の特徴は、地質や地史の特異性との深い関係にあります。特殊な化学組成の蛇紋岩土壌や緑色片岩から成る岩峰には、夕張岳にだけ分布する固有植物や氷河期からの遺存植物、不連続な分布をする隔離分布植物が多く生育し、貴重植物の宝庫となっています。これは、氷河期に形成された陸橋を通って北海道に渡ってきたシベリヤや北アメリカからの北コースと本州方面からの南コースで渡ってきた植物の一群が、その後の温暖化に伴って陸橋がなくなり、退路が断たれたため寒冷な夕張岳の高山帯に移動し、生き延びたからです。夕張岳の高山植物には、氷河期からのこのような地史的な背景があるのです。ある種の植物は、蛇紋岩土壌や緑色片岩の岩峰という特殊な環境に適応し、さらには形態的な分化・進化をすることによって固有植物となって残存し、現在に至っていると考えられています。
(1)蛇紋岩地の植物
夕張岳の蛇紋岩地は、日本でも有数の大きな規模となっています。特に白金沢、シューパ口川、エバナ沢の河川源流部や通称「吹き通し」では、蛇紋岩が崩壊し粘土状の土壌になっています。ユウパリソウ、ユウパリコザクラ、シソパキスミレは、夕張岳にのみ生育する固有植物です。カトウハコベ、ナンブイヌナズナは日本の限られた蛇紋岩やカンラン岩の超塩基性岩地にだけ隔離分布している珍しい植物です。また、アポイタチツボスミレ、エゾミヤマトラノオ、ホソバトウキ、エゾタカネニガナ、ユキバヒゴタイ、タカネタンポポは北海道の超塩基性岩地域だけに生育する植物です。このように蛇紋岩土壌は、植物の分布生育に大きな影響を及ぼしています。蛇紋岩土壌は、カリウム、カルシウムなどの養分が非常に少ない貧栄養土壌であり、同時に、生育に有害なマグネシウムやニッケルを多く含み、植物の生理機能を妨げるため一般の植物は侵入しにくいと考えられています。
(2)岩峰の植物
ガマ岩、前岳などは緑色片山石(夕張岳変成岩)で形成されている大きな岩峰です。岩峰一帯は崩壊により土壌が不安定で温度変化も大きく、さらに水分確保など植物が生育するには大変難しく厳しい環境となっています。
ガマ岩には、固有植物のユウパリクモマグサ、エゾノクモマグサ、ユウバリシヤジン、タカネエゾムギが生育しています。エゾウラジロキンバイ、ハゴロモグサ、リシリゲンゲ、ミヤマムラサキは特異な隔離分布をする珍しい植物です。このように貴重な植物の多いガマ岩ですが、近年特に崩壊、崩落が激しく、近づくことは大変危険です。前岳には、固有植物のエゾノクモマグサ、ユウパリミセパヤ、ユウパリシヤジンが生育しています。また氷河期の遺存植物として名高いチョウノスケソウも見られます。夕張岳南西にある独立峰のローソク岩(標高1000m)は、砂岩で形成されていますが、とこにも固有植物のユウパリミセバヤが分布しております。
(3)湿原の植物
前岳から釣鐘岩にかけての平坦地には大小の湿原が点在し、一部はミズゴケを主体とする高層湿原となっています。ここに生育するシロウマチドリ、チシマミクリホソパウキミクリも珍しい隔離分布植物です。憩沢からガマ岩にかけての湿原では、ヤチスゲ、カワズスゲ、タカネクロスゲ、イワイチョウなどの湿生植物が多く見られます。釣鐘岩下部の湿原は少し乾燥していますが、ミズゴケ類のほかにヒメシャクナゲ、ツルコケモモ、チシマツガザクラなどの小低木と、シ一フ、不ニンジン、ハクサンボウフウ、タカネトウウチソウ、ユウバリリンドウ、リシリリンドウ、ミヤマリンドウ、エゾウサギギク、ヒメイワショウブ、タカネトンボなどの草本類が生育しています。
(4)草原の植物
湿原とハイマツ群落の聞は、小規模に積雪が多い場所(雪国や雪崩地)となり、それぞれの草原が見られます。雪国の草原には、固有植物のユウバリカニツリが生育します。ガマ岩から釣鐘岩にかけての雪国や雪崩地では、ユウパリカニツリのほかにエゾノシモツケソウ、シオガマギク、イブキトラノオ、エゾオヤマノリンドウ、ミヤマアケボノソウ、シロウマアサツキなどの草本類が群落をつくっています。沢沿いの斜面や雪崩地ではチシマフウ口、エゾミソガワソウ、ナガバキタアザミなどの丈の高い草本類が群落をつくっています。
5.夕張の名を冠する高山植物
夕張の地名を冠した植物は、次の一七種です。()内は標準和名です。
ユウバリウズ(エゾホソバトリカブト)、ユウバリナズナ(ナンブイヌナズナ)、ユウパリミセバヤ、ユウパリクモマグサ、ユウパリキンバイユウパリチングルマ、ユウパリノキ(ミヤマハンモドキ)、ユウパリコザクラ、ユウパリツガザクラ、ユウバリソウ、ユウバリリンドウ、ユウバリアズマギク、ユウパリシヤジン、ユウバリキタアザミ、ユウバリタンポポ(タカネタンポポ)ユウバリチドリ(シロウマチドリ)、ユウバリカニツリ。
6. おわりに
自然保護の価値を判断する基準は、豊かな自然性、稀少性、多様性が観点とされていますが、夕張岳の高山植物は、全ての点で最高の水準にあります。このように世界的にも名高い夕張岳を国指定の天然記念物として今後も大切に保全していきましょう。