夕張岳の高山植生

夕張岳の高山植生
佐藤 謙(北海学園大学)

1.はじめに
夕張岳の植物相は、堀江健二博士によると、600種以上が記録されています。私は、そのうち森林限界(夕張岳では標高約1300m)を超えて生育する高山植物として287種を数えています。この数を、同じように数えた大雪山系全体365種(北部227種、中部259種、南部201種、東部238種)、知床山系全体277種(北部148種、中部161種、南部238種)、日高山系322種(北部261種、中部120種、南部214種)と比較しますと、夕張岳の高山植物は、一つの山岳にすぎないのに、北海道を代表する主要な山系と匹敵する種数が数えられ、山系の地域区分における種数に勝っているので、非常に多いと言えます。
いったい何故なのでしょうか。一つには、夕張岳の高山帯(ハイマツ帯)では、地質と地形の組み合わせによって高山植物の生育地が非常に多様になっていること、もう一つは、これは、多量の積雪が雪崩(なだれ)となって崩落する「雪崩地(なだれち)」と呼ばれます。ここでは、主にシナノキンバイソウ、イブキトラノオなど丈の高い草が生えます。ハイマツが生育する場所は、積雪量が両極端となる風衝地と雪国あるいは雪崩地の移り変わる部分にあたり、特別な呼称がないのですが、「中間的な積雪地」となります。大雪と知床の両山系は、全体的に、溶岩が噴出した火山から構成され、山頂・稜線部の地形が緩やかな特徴があります。そのため、両山系では風衝地と雪固または湿原が発達します。他方、火山活動ではなく造山運動で盛り上がった日高山系では、急峻な地形からなり風衝地と雪崩地が発達します。もう少し詳しく見ますと、大雪山系東部は、日高山系全体と同じ特徴を示し、日高山系でも、氷河地形(カール地形)が発達する北部では、緩やかな地形を示す圏谷底(カlルボlデン)が雪国となります。
さて、夕張岳の場合、夕張前岳、ガマ岩、夕張岳本峰などの岩峰は、固い緑色片岩などからなり、風衝地(崖・岩壁は積雪が非常に少ないため風衝地となる)と雪崩地を形成します。これらの岩峰に支えられた蛇紋岩地は緩やかな地形となり、風衝地(吹き抜け鞍部)のほかに雪植物にとって特殊な地質(岩石)として蛇紋岩と緑色片岩がそれぞれ別々の植物と結びつくこと、その二つが埋由になると私は考えています。

2.地形の変化に応じた高山植物の生育地
森林限界を超えた高山帯では、地形と冬の風向きによって場所ごとに積雪量が極端に異なります。山頂や稜線の西ないし北西側は冬の風上側(風衝側)となって極端に積雪が少なくなります(例えば三O側以下)。また、稜線の中でも鞍部は、標高が低いが風が集まって吹き抜けるため、その西ないし北西側も極端に積雪が少なくなります。これらは「風衝地(ふうしようち)」と呼ばれ、ミネズオウ、ウラシマツツジ、ミヤマダイコンソウなど地面を這(は)う小さな低木や多年草が生育します。
それに対して、山頂や稜線の東ないし南東側は冬の風下側(風背側)となって積雪が極端に多くなります(例えば3m以上、風衝地とは2桁以上の違いがある)。この風下側の地形が緩やかな場合、その場所は、積雪が遅くまで残り植物の生育期間を非常に短くする「雪田(せつでん)」と呼ばれ、そこにはアオノツガザクラやイワイチョウなどが生育します。それに対して、風下側が急峻な地形の場合、その場所は、田と湿原を形成します。したがって、夕張岳は、一つの山岳ですが、他の山系やそれらの地域区分と比較して、高山植物の生育地が非常に多様になっており、北海道の高山において地形に関係した生育地が一通り揃っていることになります。

3.植物にとって特殊な地質
夕張岳の蛇紋岩(じゃもんがん)とアポイ岳のかんらん岩は、ともに「超塩基性岩(ちょうえんきせいがん)」と呼ばれます。超塩基性岩は、マグネシウムを多量に含みクロム、ニッケルなどの重金属を含むこと、そして栄養が非常に少ないことによって、普通の植物が生育できない場所を形成し、その厳しい環境に耐えることができる、わずかな植物の生育地となります。
そこには、タカネヒメスゲ、タカネシパスゲなど、とりわけ珍しい高山植物のほか、超塩基性岩地にのみ生育するように進化した「超塩基性岩植物(豊国秀夫博士)」が生育します。夕張岳の蛇紋山石地において、雪田(雪国荒原)のユウパリコザクラ、シソバキスミレ、エゾコウボウ、そして風衝地(吹き抜け鞍部の風衝荒原)のユウバリソウが、夕張岳の蛇紋山石地に限られた植物(夕張岳固有植物)です。また、北海道に限られた超塩基性岩植物として、雪田のエゾミヤマトラノオ、ホソバトウキ、アポイタチツボスミレなど、風衝地のユキバヒゴタイなど、さらに日本の超塩基性植物としてナンブイヌナズナ、カトウハコベなどが挙げられます。
他方、緑色片岩からなる風衝地(岩壁)ではエゾノクモマグサ、ユウパリクモマグサ、ユウパリミセバヤ(前記2種は野坂志朗博士命名)、その雪崩地(崩壊地)ではタカネエゾムギ、ユウパリシヤジン(野坂博士命名)などの夕張岳固有植物が知られています。道内では、緑色片岩を含む輝緑岩類と結びついた北海道固有植物として、エゾトウウチソウ、ソラチコザクラなどが知られており、前記の緑色片岩地に固有な植物とともに「輝緑岩類植物(渡遷定元博士)」と呼ばれています。ただし、超塩基性岩の場合は、ほとんど例外なく超塩基性岩植物が認められるのに、輝緑岩類を含む塩基性岩は、すべての場所で輝緑岩類植物が見られる訳ではありません。これは不思議な点ですが、夕張岳の緑色片山石(輝緑岩類)地では、そこで進化した植物が多く見られるのです。

4.まとめ
夕張岳の高山帯は、以上のように特徴ある高山植物が、蛇紋岩や緑色片岩などの地質、それらが作り出す地形に支えられて生育しています。普通は崩れやすく、高い標高に少ない蛇紋岩は、夕張岳の場合には固い緑色片岩の岩峰に支えられて、蛇紋岩の中に種々の異質な岩石が入り交じり、「蛇紋岩メランジュ帯」を形成しています。そのような地質・地形の特徴に応じて、植物も特殊になっているのです。この全体像が、国の天然記念物指定の理由になりました。
夕張岳の多様で豊富な高山植物は、実際には、一つの山岳の中でそれぞれ小面積の生育地、それぞれ特徴ある生育地に別々に生育しています。そのような小面積で特徴ある生育地は、踏みつけや盗掘などの影響を全面的に受けてしまう傾向が強いので、高山帯として広大な面積をもっ他の主要山系と比較して、大きな弱点になります。夕張岳にしかない植物の特徴は、私たちが子孫までそのまま伝えなければならない「大きな宝」です。しかし、弱さもあります。そのような夕張岳の自然をいつまでも守り続けようではありませんか。

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