夕張岳の昆虫・動物

夕張岳の昆虫 

福本昭男 (夕張自然科学研究会)

山麓部を含めた夕張岳の昆虫相は植物に比べて一般にはほとんど知られていませんが、蛾をはじめとして蝶や、カミキリムシを中心にした甲虫類の調査研究が1964年以来行われています。
これらの調査は、高校・大学生などを中心に構成された「SAPPORO HORNET CLUB」の活発な団体活動により行われれました。また、別に個人研究として記録された文献も少なからず残されています。
しかし、動物の中でも際立って種類の多い見虫類の調査はなかなか困難で、夕張岳の昆虫を総合的に調査研究しようとする動きは、近年になって行われておりますが、まだ、その成果をまとめる段階には至っていません。
今日までの記録の主なものを整理してみると、蝶は約70種、蛾は約1000種、カミキリムシは約70種、オサムシ類は約70種が記録されています。主な蝶を紹介しますと、環境省レッドデータブック2006で、準絶滅危倶、北海道レッドデータブック2001で希少種とされるヒメギフチョウ(北海道亜種)が少数ながら山麓部に生息しています。ヒメギフチョウ
ヒメギフチョウは「春の女神」と称される美しいアゲハチョウの仲間で、年1回4月下旬から5月中旬頃にかけて出現します。夕張は南西限の生息地として重要で、石狩低地帯以南では見られません。しかし、一部ではダム建設工事による生息地、食餌植物、物の破壊が行われており、今後も予断を許しません。
同じアゲハチョウ科のヒメウスバシロチョウも山麓部に生息して夕張岳へ向かう林道沿いでは、チモンジが生息し、道RDBで留意種の大型のオオイチモンジ環RDB絶滅危倶Ⅱ類、道RDB留意種のゴマシジミ「(北海道西部亜種) が山麓部に生息しています。標高900から1300m位になると北海道特産種のカラフトタカネキマダラセセリやツマジロウラジャノメ(北海道亜種)が生息し北海道南西限の生息地として非常に重要です。
1400は位から頂上に至る高山帯では山麓から上がってくるコヒオドシ、クジャクチョウ、シータテハ、ミドリヒョウモンなどがにぎやかに花を訪れ、頂上では山麓より早く出現するペニヒカゲが舞っています。
夕張岳は大雪山塊に比べ低い山でありながら貴重な高山植物の多い山ですが、これらの植物に食草(樹)として依存している昆虫は今のところ発見されていません。例えば国の天然記念物として大雪山塊、十勝連峰に生息する有名なウスバキチョウは、コマクサを唯一の食草としていますが、夕張岳にはコマクサが無く、従ってウスバキチョウも発見されていません。しかし、夕張岳には高山帯のみを生活圏とする、いわゆる高山蛾が生息しています。
ソウンクロオビナミシャク、アルプスヤガ、アルプスギンウワバがあげられ、種名も高山帯に生息する昆虫であることを物語っています。このほかにセシロヒメハマキ、ミヤマヒロバハマキ、ンホソハマキ、タカネハマキ、ダイセツチビハマキ、ハイマツコヒメハマキの計六種類の微少高山蛾が生息し、前述の3種と合わせ9種の生息が確認されています。標高が高く、高山帯の面積も広い大雪山には高山蛾が37種確認されていますが、これに比べ夕張岳は、はるかに標高が低く、高山帯の面積もせまいにもかかわらず大雪山との共通種の高山蛾が9種も確認され、大雪山の24%に達するのは特筆すべきことです。

夕張岳の昆虫1
甲虫類ではオサムシ科の昆虫で代表的なものとして、世界でも北海道のみに産するオオルリオサムシと北海道、クナシリ島などに産するアイヌキンオサムシの生息があげられます。
両種とも背面が赤緑、緑、青色などに輝やく美しいオサムシで、羽が退化して飛べないため、地域により背面の色や形が異なっています。夕張岳のものは両種とも赤緑色のものが多数を占めています。一般的にはアイヌキンオサムシの方が、より高山に達していますが、夕張岳では1300mあたりまで両種の混生がみられ、それ以上の高山では今のところ発見されていません。
山麓部では、道RDBで希少種とされ、寒冷な気候を好むルリマルクビゴミムシのほかヱゾアオゴミムシも生息しています。このほか体長が5mm未満の微少なユウパリメクラチビゴミムシ、ユウバリメクラミズキ、ワゴミムシを産し、両種とも道RDBの希少種で「ユウバリ」の名がつけられているとおり、芦別岳と共に今のところ夕張山地の高山帯のみに産する貴重な昆虫です。
また、シューパロ川河畔から発見されているクロヒゲアオゴミムシは、北海道では夕張市と奈井江町からのみ知られる珍しい昆虫です。山麓部の離農地に残された小池には環RDBと道RDBでそれぞれ準絶滅危慎、希少種とされ、最近減少していると言われるゲンゴロウが生息しています。
夕張岳では、かなり昔から森林の伐採が行われていたため、登山道の周辺で一部単調な樹種が多いところがありますが、それでも樹林に依存するカミキリムシは約70種が記録されています。この中には、環・道RDBでそれぞれ準絶滅危倶、留意種のケマダラカミキリや生息数の少ないクビアカトラカミキリ、クロサワヘリグロハナカミキリ、ホソコバネカミキリ、ナカネアメイロカミキリクロヒラタカミキリ、ルリヒラタカミキリ、トラフカミキリ、フチグロヤツボシカミキリなどが記録されています。水辺で生活する昆虫としてトンボでは道RDB希少種のサラサヤンマが、ごくわずかに生息していますが、ダム建設用の原石採掘用道路が整備され、絶滅状態となりました。また、山麓部の清流では道RDB留意種で世界でも日本列島にのみ産するムカシトンボが生息しています。
高山帯には、無数のアキアカネ、ノシメトンボが飛び交い、数少ない高山の池では大型のオオルリボシヤンマやルリボシヤンマ、小型のアオイトトンボなどが飛翔しています。アキアカネ、オオルリボシヤンマは幼虫も発見されているので、厳しい高山の環境に適応してこれらの池で発生しているものもいるのでしょう。
夕張岳の昆虫2

ハチ類では、道RDB希少種のチャイロスズメバチが山麓部に分布していることが確認されています。夕張市は西側の栗山町との境界付近は、標高100mほどの平地で、さらに西側は石狩低地帯となっており、主に気候的影響で温帯性と寒帯性の昆虫・植物が混在する地域となっています。
夕張岳はこれらの地域よりさらに東側に位置しながらも、温帯性のタイワンキシタクチバ、クロメクラアブが確認されており、一方でヒメギフチョウ(北海道亜種)、カラフトヒョウモン、ホソバヒヨウモン、カラフトタカネキマダラセセリ、アラメハナカミキリ、ヤフシハバチなどの寒地性の昆虫の分布南西限となっていて、特に山麓部で両方の要素が混在する地域となっています。

以上述べてきましたように、高山の苛酷な環境に適応して夕張岳には貴重な昆虫が多種類生息しており、夕張山地の主峰芦別岳からは、氷河期の遺存種といわれるダイセツタカネフキバッタや、道RDBX希少種のクモマエゾトンボが確認されているので、夕張岳からも発見される可能性を秘めており、今後も数多くの昆虫の生息が確認されることでしょう。 

〔解説〕レッドデータブックとは?
国や北海道の希少野生生物保護の取組みの基礎資料として作成されたものです。
本文に出てくる区分は次のとおりです。
○環境省レッドデー夕ブック2006
「絶滅危倶Ⅱ類」=絶滅の危険が増大している種
「準絶滅危倶」=現時点では絶滅危険度は小さいが、生息条件の変化によっては絶滅危倶に移行する可能性のある種
○北海道レッドデiタブック2001
「希少種」=存続基盤がもろく弱い種・亜種
「留意種」=保護に留意すべき種・亜種
以下、本文中では、環RDB、道RDBと略称します。

夕張・芦別山系のエゾナキウサギ

小島 望 (川口短期大学)

氷河期の生き残りとして貴重な工ゾナキウサギ
エゾナキウサギは、大陸に分布するキタナキウサギの亜種であり、北海道にのみ生息する。
北海道における分布は,おもに北海道中央部の山岳地域に限られ、北見山地・大雪山系、夕張・芦別山系、そして日高山脈の三つの分布域に分断され、それぞれの分布域ではさらに小さな個体群に分断されて生息している(図1)。ナキウサギエゾナキウサギ(以下では、単にナキウサギと呼ぶ)は、高山帯を中心に寒冷な気候を好み、高山帯でも標高の低い場所(風穴地など)でも、岩がゴロゴロした「ガレ場」に生息する。このようなナキウサギは、最後の氷河期(1万~7年前)にユーラシア大陸から北海道に渡ってきたこと、氷河期が終わった後も山岳地域に取り残され亜種に分化したとと、このような地球の歴史に応じた分布と生息を示すことから「氷河期の生き残り」と呼ばれている。

ナキウサギの形(形態)と食べ物(食性)
ナキウサギは、耳が丸く短いため、一見すると、尻尾のないネズミのように見える(写真)。しかし、これはれっきとしたウサギの仲間である。その証拠として、ネズミ類では一対しかない門歯(前歯)が二対あり、大きな切歯の背後にくさび状の小さな切歯が並んでいる。おとなになったナキウサギの体長は約15cm、体重は150g前後で、かなり小型である。体毛は、年に2回換毛し、夏は茶褐色、冬は褐色となる。ナキウサギが何を食べるか、その食性は、完全な植物食(草食動物)である。北海道のナキウサギを広く見ると、食べ物の噌好性はかなり広く、草・木・シダ類・コケ類など多様な植物を食べている。しかし、地域ごとに見ると、食べ物の好き嫌いがある(選択性が高い)。大雪山国立公園東ヌプカウシヌプリ周辺の風穴地における観察では、コケモモ、ヒメスゲ、エゾムラサキツツジ、シラネニンジン、イソツツジ、ヒメノガリヤスの六種に偏り、それらの採食だけで全体の八割以上を占めていた。
ナキウサギのユニークな習性として、冬眠をせず、冬場の食料を確保するために大量の植物を集めて岩の隙間に貯蔵する「貯食」が挙げられる。貯食活動の開始は、地域や場所、個体によって異なるが、およそ8月から10月に行なわれる。貯えられる植物もまた多様であり、通常採食している植物に加えて落ち葉までが利用されている。しかしながら、ヒカゲノカズラ(東ヌプカウシヌプリ)、ゴゼンタチバナ(美瑛富士)、クマイザサ(札内川上流域)だけが貯えられる例があるなど、貯食する植物の種類には場所ごとに著しい偏りが認められる。

ナワバリ(行動、その1)
ナキウサギの糞は、「盲腸糞」といわれる柔らかくて長い軟便と、エゾユキウサギの糞をミニチュアのように小さくした、「直径約5mmの丸く硬い糞」の二種類がある。このような糞は、「ため糞」としてナワバリ内の特定の場所に限られるが、ため糞の場所と貯食場所は、ナワバリの主が代わっても同じ場所が使われる傾向が’強い。ナキウサギは、オス1頭とメス1頭(稀に1頭オスと2頭のメス)で直径40~70mほどのナワバリを持つ。しかし、オスとメスはそれぞれ単独で行動し、ペアで行動することはほとんどない。ナワバリは、ペア共同で防衛にあたるというものではなく、オスは他のオスに、メスは他のメスに対して、すなわち向性に対して防衛するかたちをとっている。
ナワバリの中にある、見通しのよい岩の上でじっとしている姿がよく見られることから、ナキウサギは「山の哲学者」ともいわれる(写真)。
しかし、その姿は、実際には、他のナワバリから侵入してくる他のナキウサギや、キツネ、クロテン、オコジョ、猛禽類などの捕食者(ナキウサギを捕まえて食べる肉食動物)が接近してこないかを見張る、「監視活動」なのである。

鳴き声とコミュニケーション(行動、その2)
ナキウサギの活動場所は主に地下で地上での活動時聞が少ないため、その姿を見ることは難しい。しかし、ナキウサギは、その名の通り、鳴き声をよく発するので、どのような鳴き声を出すかを知っていれば、姿が見えなくとも聞くととは容易である。音声によるコミュニケーションのとり方として、おもにメスや子どもの鳴き声に呼応してオスが鳴き声を発したり、オス同士で鳴き交わしたりすることが多い。鳴き声には、「連続音」、「単音」、「その他」に分けられる。「連続音」は、「キチッ、キチッ、キチッ・:」という、障害物がなければ200m以上離れていても聞こえるほど甲高い鳴き声である。この特徴的な「キチッ」という音を数回から10数回ほど繰り返す鳴き声は、必ずオス個体から発せられるため、性別の判定によく使われる。一方、「単音」は、オス、メスともに発するが、そのうち「ビュー」という鳴き声はメスのみが発する鳴き声である。しかしながら、私たちの耳でその違いを聞き分けることは難しく、かなりの修練を必要とため、皆さんが性別判定に使うのは避けたほうがいいだろう。その他に、逃げる際に発する「チュルルル:・」といった「忌避音」や、交尾時に発する「従属音」などが知られている。

ナキウサギの一生(生活史)
ナキウサギの繁殖期は、亜種として全体的には3~6月にわたるが、地域や場所によってその時期が大きく異なるようである。妊娠期間は、約30日と考えられている。産子数は、1~5で3が最も多い。出産の大部分は、年一回、まれに二回の出産もあるようである。子どもは8月頃まで親のナワバリ内で成長するが、その後は親に追い出されて新天地を目指して分散するか、逆に、親を追い出して親のナワバリに留まる。なお、分散・定着した子どもは、翌春から繁殖に参加する。ナワバリから分散した個体の多くは、条件のよい生息地を見つけて定着することはできず、冬を越すことができずに死んでしまうようである。したがって、ナキウサギは、なかなか増えないと言われる。寿命は3~4年ほどである。

特に貴重な夕張・芦別山系のナキウサギ
個体群夕張・芦別山系のナキウサギ個体群は、特に分布域が狭く生息数も少なく、それぞれ小地域に隔されていることから、環境省レッドデー夕、ブックでは「絶滅のおそれのある地域個体群(「Lp:Local Population)」に指定されている。しかし、夕張・芦別山系のナキウサギについては、総合的・網羅的な調査が行なわれたことがなく、いまなお情報不足である。そのため、筆者は1999年から夕張・芦別山系における分布や生息地の環境について調査を行なってきた。まだ継続中である筆者の調査結果によると、過去に情報があった場所で生息が確認できない場合があり、一方で新たに小規模な生息地が多数発見されるなど、詳細にはこれまでの分布情報とかなり違うことがわかってきた。前者の場合には、過去の誤った情報が含まれていた可能性とともに、森林施業などによる生息環境の悪化も考えられる。特に夕張・芦別山系のナキウサギ個体群は、残る二つの北見山地・大雪山系と日高山脈の個体群と比較すると、良好な生息環境が少なく大規模な生息地が見あたらず、全体的に生息数が少ないと推測されるので、環境省レッドデータブックで指摘されたように、明らかに絶滅しやすい個体群といえる。過去に、夕張岳で計画されていたスキl場開発がもしも強行されていたならば、そこの個体群は深刻なダメージを与えられたに違いない。今後は、リゾート開発や道路開発などの開発行為だけでなく、森林施業や観光による影響など、絶滅しやすいナキウサギの生息を脅かす人間の影響については、規制や監視をしっかり続ける必要がある。

Copyright© 2010 ユウパリコザクラの会 All Rights Reserved.